覚えてなくても、いいんだけどね。駅からの帰り道、田舎に似合いの垢抜けない喫茶店があったのよ。開店休業中なん? 中は薄暗いしガラス越しの食品サンプルもなんだか古臭い。あれはカレーのふりしたアラジンの魔法のランプじゃないかしら? ますます怪しげ、ひょっとして高校生には相応しくないお店かも。だけど、これはチャンスよね・・ ドキドキ、あなたとデートしたくって、そりゃあデートしたくって、それとなく誘ったの。
 なのにあなたったらムスッとした顔してさ、なんて言ったと思う?「俺はね、飲食なんかに金は遣わないんだよ」って言ったのよ!! 女の子が勇気を出して誘ってるのに、なんてケチな男なのかしら? 私は内心そう思ったね。美人とだったらホイホイお茶するくせに、とも。でもね、分かってたんだ。その大事なお金で待ちに待った新譜のレコードを買いたかったんだよね。みきちゃんは音楽が大好きだったから。私の方がたくさんお小遣いをもらっていたの、知ってたでしょ。遠慮しなくてもコーヒーぐらい奢ってあげたのに。
 だけど敬愛するあなたのポリシーに従い私も見倣って、ついでに男のプライドを守ってあげたんです。でもでも、ちょっぴり残念だったわ。やっぱりとっても心残りでこのままだと化けて出そうだから、あの時の分はいつかあなたがご馳走してね。何処かの時代のお洒落なお店で向かい合えたら、一番高いものを注文しちゃうから!
 愛しい人。踏切近くでバスがギリギリすれ違う通りには、もうその喫茶店はないけれど、あの日あの時あなたは確かに私と此処に立っていたのよ。

 ごめんなさいね。だって昼下がりのコーヒーを淹れてたら、怒ったような困ったような、それでいて少し申し訳なさそうな、何とも言えないあなたの顔を思い出し、心の中でクスクス笑ってしまうのです(溢)。






 


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